ANA国内線【PR】
黄金週後半
2012年 05月 23日
かくしてソウルに到着。
友と約束をしていたので、ゆっくり街を見る間もなく待ち合わせ場所に直行。
ほんの僅かの間に見たソウルの街は驚くほどの変わりようだった。
そもそも変化の早い街ではあったのだけれど、いかに長い間この街を訪れていなかったのかを実感。
久しぶりに会った友は相変わらずで、なんだか安心した。
「何が食べたい?」と聞かれ、喉の先まで「サム!(サムギョプサル)」と出かかったのだけれど、ぐっと我慢。
そんな気持ちを察したのか、「この階は韓牛、上は黒豚やねんけど。」と、友。
そりゃ、黒豚でしょ。やっぱ黒豚でしょ。
しかし、ムスコ連れなのだ。何でもかんでも触りまくるムスコが一緒なのだ。
熱々の鉄板をウキャキャキャーーーー!と喜び勇んで触り、火傷。そして号泣、という図が脳裏に浮かんだ。そんなわけで、韓牛のお店でプルコギを頂く。(←結局、鉄板じゃないか、とか突っ込まないように)
プルコギ、お店で頂くのは何年ぶりだろう。
美味しかったし、セットの冷麺も食べられたし(←麺は苦手だけれど、スープだけ飲みたい人)、満足満足。
夕方、友と別れホテルに向かう。
今回は寝相の悪いムスコが一緒なので、オンドル部屋のあるホテルを予約。
そもそもそれなりのホテルのオンドル部屋というのは外国人対象のスイート扱い。
いつもソウルで泊まっていたホテルの倍以上のお値段なわけで。
何が悲しくて韓国ごときに(←失礼だ)こんな、こんな・・・・ヨヨヨ(涙)。
早くムスコがベッドで転げ落ちずに寝られるようになることを祈るばかりだ。
そんなこんなの韓国の旅、戻ってからが実は大変だった。
慣れないシデクがストレスだったのか、韓国語が怖かったのか、ムスコ、すっかり甘えん坊ちゃん(もともと甘えん坊ではあるけれど)になってしまい、母の姿が見えなくなると号泣。
寝る前だけになっていた授乳も、目が合うと「くれーーーー!」と泣く始末。
抱っこ抱っこで母は肩がとれてしまった。>嘘
ようやく元に戻ったのは黄金週が明けて10日ほどしてからだっただろうか。
結局、今回の旅で一番大変だったのはムスコだったのかもしれない。
シオモニにはできるだけたくさん間隔をあけずに会わせてあげたいと思うけれど、毎回こうではさすがに疲れる。
世のお子たちもみんなこうなのだろうか。
ともあれ、無事にお披露目は終了。この1年、ずっと気がかりだったので、肩の荷が下りたと同時に、もう少しムスコに韓国語を!と痛感した旅だった。←お前もやけどな
by たいたい # by taitaifromichon | 2012-05-23 14:59 | | Comments(0)

黄金週半ば
2012年 05月 16日
韓国到着からなんだかんだで4時間。ようやくシデクに到着。
体力的にも精神的にもぐったりの私たちとは相反して、妙にテンションの高いムスコ。
これまで不便な場所の一軒家だったシデクは、シアボジ(義父)が亡くなってから大型スーパーやバスターミナル近くのマンションにお引越し。すこぶる便利になっていた。
待ってましたとばかりに出迎えてくれたシオモニ(義母)は、「こべた、来たね。こべたー、こべたー。」と直球ストレートでムスコに向かってきた。
普段、そんな経験のないムスコはビビりまくりで、ヲットの腕をギュッと掴んだまま号泣。
ヲットが「初めて会うんだから、ちょっと時間ちょうだい」とシオモニを諭すも、シオモニ、「お菓子、食べる?」(※まだ食べさせてません。)、「寒いんじゃないの?」(※30度弱ですが?)と何かと触りにいらっさる。
その度に顔を歪めるムスコ。
夜になり、近所に住むヒョンニム(義姉)一家がやってきた。
大興奮(号泣)の末、ようやく寝ついたのに、騒々しく、且つ、暗くしていた部屋の灯りもご丁寧に明々とおつけになって。
ヲットに制され渋々部屋から出て行くヒョンニム一家とシオモニ(←どさくさに紛れついて入っていた人)。
結局この日は1時間おきに目を覚まし、翌日5時には起床。勘弁してくださいよ。
翌日は近所に住む親戚に挨拶も兼ねての食事会。
韓国語が苦手なのか、直球で来られることを本能的に感じとったのか、お店に入るや否や号泣。
どんだけ泣くんですかと。
けれど、そんなことはお構いなしに攻めてくる皆さん。ムスコ、更に号泣。
泣きつかれたムスコ、ようやくお昼寝タイム。
そんなことが続き、完全に母から離れなくなってしまったムスコ。
韓国から戻っても抱っこ抱っこ。母が見えなくなると大号泣。

日本と韓国では子育てにいろいろと違いがあるらしく、薄着させすぎ(ちなみに28度の日に長袖2枚にパーカー、パンツ2枚を重ねていたヒョンニムの息子殿)とか、食べ物の制限しすぎ(機嫌が悪くなったり、ぐずり始めたりすると食べ物をもらえるヒョンニムの息子殿)とか、寝る時間を決めて寝かせるのは可哀そうとか、お風呂は毎日入れなくてもいい等々、いろいろ言われたワタクシ。
もっとも、韓国語は分からないことになっているので(いや、実際分からないのだけれど)、軽く無視し我が道を貫き通すワタクシ。
さぞや可愛くないミョヌリ(嫁)だったに違いない。
それでも、帰国の前日にはようやくムスコもシオモニに慣れ、最後の夜はシオモニにおんぶしてもらい2人で散歩に出かけるほどだった。
いろいろあったけど、結婚して初めて楽だと感じたシデク。
マンションに引っ越したことも大きいけれど、何よりムスコが寝ている間にあれしなきゃこれしなきゃと考えなくていいというのが非常に楽だった。
もう少しいてやってもよかったな(←なぜに上から?)と思ったぐらいだ。

あっという間の5日間。次回シオモニに会う時はまた一からのスタートに違いない。
大号泣から始まり、帰る直前に慣れてニコニコにというパターン。
疲れるけど、遠くに住んでいるのでいた仕方ない。
そんなことを考えながら、シオモニに挨拶しソウルに向かうバスに乗った。
by たいたい # by taitaifromichon | 2012-05-16 14:54 | | Comments(6)

黄金週前半
2012年 05月 07日
昨年の2月に産まれたムスコ。
私の両親は元々フットワークが軽いので、既にムスコに会っている。
しかし、シオモニ(義母)はまだ写真やビデオでしかその姿を見たことがない。
早く会わせてあげたかったけれど、1歳を過ぎてからしか飛行機には乗せないと決めていた私たち。
1歳を過ぎた最初の長期休暇黄金週がその機会となった。
1年前からチケットを予約し、いつもはやらない成田エクスプレスの予約まで済ませた。
後は当日早めに起きて出発するのみ。
如何せん子連れの旅行(しかもベビーカーなし)は初めて。
時間も読めなければ、ベビーキャリーでのムスコのご機嫌具合も分からない。
早め早めの行動が吉なのだ。
当日は6時前に家を出たところ、予定より一本早い地下鉄に乗ることができた。
予約しておいた成田エクスプレスまで少し時間があったので、ベンチに座ってしばし待つ。
ヲットと韓国に行ってからのシュミレーション等々をしているときにふと気がついた。
「今何時だろ?ちょっと時間かかり過ぎじゃね?」
ところが、普段、携帯を時計代わりにしている私たち。時間がすぐに分からない。
バックの中から携帯を取り出そうとしたその時、目の前を成田エクスプレスらしき電車が通り過ぎて行った。
・・・・・・通過?
いやいやいやいや。
けれど、止まった気配はないし、予約したのとは別の電車だろうか。
焦る気持ちを抑え、駅の電光板を見ると、さっきまで光っていた成田エクスプレス7号の文字が消えている。確実に時間も過ぎている。
まさかの乗り過し。私たち夫婦にしては珍しく時間よりずいぶん前に着いたのに、まさかの乗り過し。
いた仕方ないので、次の成田エクスプレスに乗ることにした。
こんな時、普段の私たちなら時間ぎりぎりに行動するので、確実に飛行機には乗れないのだけれど、少し早めに動いていたため、次の電車でも間に合う時間だったのだ。
空港に着き、チェックインカウンターに向かうと、はるか遠くからでも長蛇の列が読み取れた。
大きくため息をつきながら列に並ぶと、どこからともなく紳士が現れ、「お子様連れ専用のカウンターなら待たずにチェックインできますので、こちらにどうぞ。」とおっしゃる。
神だ。
我が家とは全く縁のないえぐぜくちぶカウンターの端に設けられた子連れ専用カウンターは全く人がおらず、3秒でチェックイン。そして、さらさらっと出国手続き。
お子様のおかげで優先搭乗もでき、なんだこんなに早く来なくてもよかったじゃないかと思う始末。
初めての飛行機。
ムスコは何から何まで私似なので、きっと耳も弱いに違いない。
泣くんだろうな。ギャン泣きするんだろうな。
そんな親の心配をよそに、寝起きのムスコはご機嫌よろしく、半死状態の私の顔をいじくりまわしウキャウキャ楽しそう。
とりあえず、密室でギャン泣きされずよかった。
安心して、ムスコの朝ごはんを準備する。
ご機嫌でパクパク食べるムスコ。
あっという間に完食。
そして、いつもの如く、もっとくれとばかりにギャン泣き。
飛行機とは全く関係ないところでギャン泣き。
誰に似たのか食いしん坊のムスコ。まさか、ここで泣くとは。
ともあれ、飛行機は無事に飛び立ち、約2時間後無事韓国に到着した。
by たいたい # by taitaifromichon | 2012-05-07 14:13 | | Comments(8)

黄色い奴
2012年 03月 27日
今年もやってきた。
例年に比べかなり遅かったものの確実にそして大量にやってきた。
メイク技術が向上し、つけ毛やらつけまつ毛はあるのに、どうしてつけ鼻はないんだろう。
そんなわけで、今年も引きこもり。
ムスコが外に出たいオーラを激しく放っても引きこもり。
花粉め!覚えてやがれ!いつかギャフンと言わせてやる!      _| ̄|◯
by たいたい # by taitaifromichon | 2012-03-27 22:20 | | Comments(0)

あれから1年
2012年 03月 11日
1年が過ぎた。
この言葉、今日何度耳にしたことだろう。
一般的にはあの揺れから1年。実は、ムスコは1年前の今日、出生届を出した。
退院して1週間。手術の傷はまだまだ痛み、背中を真っすぐにするのが大変な状態だったけれど、どうしても夫婦二人で出生届は出したかったので、ヲットは半休を取り、我が家から5分の市民センターに車で出かけた。
諸々の手続きは思ったよりも時間がかかり、ヲットとゆっくり食事する間もなく、私は家にヲットはそのまま会社へと向かった。
家に戻ると、実家から手伝いに来てくれていた母がご飯を作って待ってくれていた。
退院して初めての外出。
家から5分という近くで何も物珍しい物はないところだったのに妙に新鮮だったのを覚えている。
「こべたはよく寝ちょったわ(寝ていたわ)。一回も起きんかったよ(起きなかったよ)。」
安心してご飯を食べていると、ムスコが起きたので、授乳をしてお風呂に入れた。
それからは1年前の今日の日記に書いたとおりだ。
あれから1年。
この日、新しい街の市民になった人もいれば、住み慣れた街と別れなければならない人もいた。
毎日慌ただしく過ごしているけれど、本当はもっと一日一日を大事に過ごさなければならないんだと、黙とうしながら思った。
人間、自然災害だけでなく、いつ何時何が起こるか分からない。
家族を大事に、一日一日を無駄にしてはいけないのだと思った。
あの地震で被害を受けた方は、今なお様々な形で苦しんでいると思う。
前に進んでいるように見えても心に大きな傷を抱えていると思う。
大きな被害のなかった私ですら、地震が来るとあの時のことを思い出し身震いするのだ。
家をなくし、家族を亡くした方はどれほどかと思う。
散々言いつくされて、なんだか言葉の意味すら失いかけているかのようにも思えるけれど、被害に遭われた方々の日常が早く戻ってくることを願ってやまない。
by たいたい # by taitaifromichon | 2012-03-11 15:49 | | Comments(0)

< 前のページ 次のページ >


Since 2001.1.11  Copyright(c)2001-  Taitai All Rights Reserved

はじめまして。たいたいです。
こんな奴です。期間限定でこんなのもやってます。
どうぞよろしく。

ハジメマシテの皆様、記事の内容と関係ないコメントの皆様は、最新の記事にコメントくださいませ。
最新のコメント
❏ninoさん: よう..
by taitaifromichon at 15:08
帰ってからの王子のママ追..
by nino at 15:04
❏10さん: そっかぁ..
by taitaifromichon at 15:04
❏みれおんまさん: う..
by taitaifromichon at 15:01
お疲れ~だね。 もちろ..
by 10 at 23:22
前回なぜか鍵コメにしちゃ..
by みれおんま at 10:27
❏鍵コメさん: いや、..
by taitaifromichon at 15:06
❏いっこ氏: まさか、..
by taitaifromichon at 15:00
ソウルで会いたかったよ~..
by いっこ at 21:05
❏ミンミンさん: お久..
by taitaifromseoul at 15:20
以前の記事

ファン
リンク
++ブログな皆様++

BlogPeople


++ブログじゃない皆様++

青空の方法

絵日記でも書いてみようかMAIDO

韓国男児と結婚する方法

紅茶にうめぼし

コスモス通り2115番地マナ子の家

Gold

*Syusyu House*~Syuri

skin by たいたい
ASPアクセス解析

無料・カウンター